【AB1790完全解説】カリフォルニア法人税が2028年に激変——Waters’ Edge廃止が日系企業に与える影響とは

投稿日:2026年4月28日
著者:酒井紀幸 CPA|Majordomo Komon, P.C.

4月27日、私はサクラメントにいました。タイヤに釘が刺さったまま、車を走らせて。カリフォルニア州議会でAB1790——Waters’ Edge Election(水際選択方式)を廃止する法案——の公聴会に出席するために。

それでも行かなければならない理由がありました。

カリフォルニア州議会で今、日系企業の皆さんのビジネスに直接影響する重大な法案が審議されています。その法案に反対意見を述べるために、私は公聴会の会場へ向かいました。

このブログでは、その法案について、初めて聞く方にも分かるように最初から説明します。

カリフォルニア法人税(ユニタリー課税)の仕組み:まず基本から理解する

カリフォルニアで事業を行う会社は、州に法人税(8.84%)を支払います。

この税金を計算するとき、カリフォルニア州は「その会社のカリフォルニアでの売上が、全体の売上のどのくらいの割合か」を基準にしています。例えば全体の売上のうちカリフォルニアが10%なら、課税対象の所得も全体の10%分、という考え方です。

ここで重要な前提があります。「全体の所得」を計算するとき、現在は日本本社や海外の関連会社の所得は計算から除外できる制度があります。

これを「Waters’ Edge Election(水際選択方式)」と言います。

Waters’ Edgeとは何か、なぜ存在するのか

1980年代、カリフォルニア州はこの制度がなく、日本本社の利益にまでカリフォルニア税を課そうとしていました。

これに対して、ソニーをはじめとする日系企業、そして日本政府・英国政府・カナダ政府などが強く抗議しました。「アメリカで稼いだわけでもない日本の本社の利益に、カリフォルニアが課税するのはおかしい」と。各国政府が報復措置を検討するほどの国際問題になりました。

その結果、1986年に「Waters’ Edge Election」という制度が生まれました。この制度のおかげで、日本本社や海外関連会社の所得をカリフォルニア税の計算から除外できるようになったのです。

これが今、廃止されようとしています。

AB1790とは何か:Waters’ Edge廃止と全世界合算申告の義務化

AB1790(Assembly Bill 1790)は、カリフォルニア州議会に提出された法案です。

内容を一言で言えば:

「Waters’ Edge制度を2028年に完全廃止し、日本本社を含む全世界の関連会社の所得をカリフォルニア税の計算に組み込む」

法案を提出したConnolly下院議員は「大企業の抜け穴(ループホール)を塞ぐ」と主張しています。カリフォルニア州は財政赤字が深刻で、この法案によって年間3〜4十億ドルの増収が見込まれるとしています。

しかし日系企業の皆さんにとって、これは増税の話だけではありません。

なぜAB1790を通そうとしているのか:賛成派の主張とカリフォルニア財政赤字の背景

法案を支持しているのは主に以下のグループです。

労働組合(最大の支持勢力)
カリフォルニア教職員組合・看護師組合・公務員組合・消防士組合・サービス業従業員組合など、大規模な労働組合が強力に支持しています。公聴会では賛成者の大半が労働組合関係者でした。

社会福祉・環境団体
Medi-Cal(低所得者向け医療保険)や子供の貧困支援、食料支援プログラムなどの予算削減に危機感を持つ団体が多数支持しています。

カリフォルニア州政府・法案提出者
法案提出者のConnolly議員は「年間3〜4十億ドルの増収が見込まれ、学校・医療・福祉に充てられる」と主張しています。

賛成派が訴えるストーリー:
カリフォルニアは財政赤字が深刻です。連邦政府(トランプ政権)からの補助金も削減されています。「一番お金を持っている大企業が公平に税金を払えば、医療や教育の予算を守れる」というメッセージは、多くの有権者の心に響きます。

Waters’ Edge「抜け穴」の実態:無形資産移転による租税回避の仕組み

賛成派は「Waters’ Edgeは大企業の抜け穴だ」と繰り返します。では、その「抜け穴」とは具体的に何でしょうか。

核心は「無形資産の移転」です。

例えばある多国籍企業が、カリフォルニアで長年の研究開発によって価値ある特許・ブランド・ソフトウェアなどの無形資産を生み出したとします。

その企業が次にすることは:

① 特許などの無形資産を、税率がほぼゼロの国(ケイマン諸島・アイルランド・ルクセンブルクなど)に設立した子会社に移転する

② カリフォルニアの事業会社は、その低税率国の子会社に「特許使用料(ロイヤルティ)」を支払う

③ カリフォルニアの事業会社は、ロイヤルティを「費用」として計上するため、課税所得が大幅に減る

④ 実際の利益はケイマン諸島の子会社に積み上がるが、そこでの税率はほぼゼロ

公聴会でShanske教授は以下の例を挙げました。

「カリフォルニアで100万個のウィジェットを1個$100の利益で販売する企業があるとします。本来はカリフォルニアで1億ドルの利益に課税されるべきです。しかしアイルランドの子会社に特許を移し、1個あたり$90のロイヤルティをカリフォルニアの会社が支払うと、カリフォルニアで報告される利益は1,000万ドルに激減します。残りの9,000万ドルはアイルランドで計上されます。」

このような手法により、米国全体で毎年3,000億ドル以上の利益が国内の課税ベースから抜け出しているとされています。

Waters’ Edgeは、この構造を可能にしてきた制度の一つです。カリフォルニアが日本本社や海外関連会社の所得を計算から除外することで、アイルランドやケイマン諸島に積み上がった利益もカリフォルニア税を逃れられてきました。

ただし多くの日系企業の実情は違う:租税回避と無縁な企業まで一律に影響

ここで重要な点があります。上記のような「積極的な租税回避」を行っている企業は主に米国の巨大IT企業やグローバルな製薬会社です。テスラ、アップル、グーグルなどが典型的な例として挙げられています。

多くの日系企業は、このような複雑な租税回避スキームを使っていません。日本本社が普通に事業を行い、カリフォルニアの子会社が普通に営業している。それだけです。

しかしAB1790は「租税回避を行っている企業」だけを対象にするわけではありません。Waters’ Edgeを利用している企業全てに、一律に新しい義務を課します。租税回避とは無縁の日系企業も、巨大IT企業と全く同じ申告義務を負うことになります。

しかも日系企業には、米国の大企業にはない特別な困難があります。米国の多国籍企業はすでに米国連邦税の申告書を作成しています。日本本社にはその義務がないため、カリフォルニア税のためだけに架空の連邦申告書をゼロから作るという、他に類を見ない負担が生じます。

AB1790が日系企業に与える具体的な影響:税負担・申告費用・二重課税リスク

① 税負担が増える可能性

日本本社の利益率が高い場合、カリフォルニアへの帰属所得が大幅に増え、税負担が跳ね上がります。

具体例で考えてみましょう:

カリフォルニアの子会社が赤字でも、日本本社グループが黒字であれば、グループ合算の所得に基づいてカリフォルニア税が発生する可能性があります。つまり「カリフォルニアでは損しているのに税金を払う」という事態が起き得ます。

② 申告費用が天文学的に増える

これが実は最大の問題です。

カリフォルニアの法人税は、米国の連邦税申告書(Form 1120)を出発点に計算します。米国の会社は毎年この申告書を作っていますが、日本本社や海外の関連会社には、そもそも米国連邦税の申告書を作る義務がありません。

AB1790が通ると、カリフォルニア税のためだけに、全世界の関連会社分の「架空の米国申告書(Pro-Forma)」をゼロから作らなければなりません。

日本の会計基準(J-GAAP)やIFRSを米国税務ルールに変換する複雑な作業が、関連会社の数だけ発生します。

数字で見るとその深刻さが分かります:

私たちのアンケートでは、関連会社が約800社というグループの報告がありました。1社あたりの作成費用を仮に$50,000とすると、800社で年間4,000万ドル(約60億円)の申告費用が発生します。これは税金ではなく、書類を作るための費用だけです。

③ 新規進出がより困難になる

カリフォルニアに新しく進出しようとしている企業は、最初の数年は赤字になるのが普通です。通常なら赤字の年に税金はかかりません。

しかしAB1790の下では、カリフォルニアの子会社が赤字でも、日本本社が黒字なら、グループ全体の所得に基づいてカリフォルニア税が発生する可能性があります。

「進出初年度から税金を払う」という状況が生まれ、カリフォルニアへの投資判断に大きな影響を与えます。

④ 日米租税条約は守ってくれない

日本とアメリカの間には二重課税を防ぐための「日米租税条約」があります。しかしこの条約は連邦税に適用されるものであり、カリフォルニア州税には直接適用されません。

カリフォルニアは「州」であり、連邦政府が結んだ条約の保護が及ばないためです。AB1790が通ると、日本でも課税され、カリフォルニアでも別途課税される二重課税のリスクが生まれます。

AB1790の現在の状況:委員会通過後の今後のスケジュール

4月27日、下院歳入・租税委員会で採決が行われ、賛成4票、反対2票で法案が通過しました。

ただし、これで法律になったわけではありません。

法律になるには、さらに以下の関門を通過する必要があります。

ステップ – 時期 – ポイント

下院歳出委員会 – 5月14〜15日 – 次の重要関門
下院本会議 – 5月26〜29日 – 3分の2(54票)が必要
上院委員会・本会議 – 8月前後 – 3分の2(27票)が必要
知事署名 – その後 – 最終関門

重要なのは「3分の2」という高いハードルです。通常の法案は過半数で通りますが、増税を伴うこの法案は3分の2の賛成が必要です。これはカリフォルニアの法律で定められたルールで、反対派にとって現実的なチャンスが残っています。

8カ国政府が公式反対:日本・カナダ・英国・ドイツ・アイルランドほか

日本・カナダ・英国・ドイツ・アイルランド・韓国・アイスランド・ウクライナの8カ国政府が公式に反対を登録しています。在サンフランシスコ日本国総領事館も正式に反対を表明しました。

JBA(南カリフォルニア日系企業協会)、JCCNC(北カリフォルニア日本商工会議所)、台湾系商工会議所、中米CPA協会なども反対書簡を提出しています。

1980年代にWaters’ Edge制度が生まれたときと、全く同じ構図が繰り返されています。

AB1790に対して今あなたにできること:アンケート・情報共有・シェア

① アンケートにご回答ください(5〜10分)

JBA・JCCNCが実施しているアンケートに、まだご回答いただいていない方はぜひご協力をお願いします。皆さんの声が、議員や知事周辺への働きかけに直接使われます。回答は匿名で処理されます。

アンケートリンク:
https://forms.office.com/pages/responsepage.aspx?id=YdU0V6J2ckCcDV3OBaMkuaRwNJ6_aXtNs3xn6Wj9Dv1UQU42UlgyUjU3Wks0NURWTEZJSlBaRUhBRC4u&route=shorturl

② 日本本社・米州本社に情報を共有してください

現地法人の皆さんから日本本社に、この法案の重大性を伝えてください。本社サイドにまだ十分に伝わっていないケースが多いと感じています。

③ この情報を知人・同業者にシェアしてください

カリフォルニアで事業を行う日系企業であれば、業種・規模を問わず影響を受けます。ぜひ周囲の方にも共有してください。

最後に

公聴会で賛成票を投じた議員の一人はこう言いました。「1年前なら反対していたかもしれない。でも今は連邦政府がカリフォルニアから資金を奪っている。だから今日は前に進める。」

揺れながら賛成票を投じた議員がいる。それはつまり、まだ意見が変わる可能性があるということです。

「日系企業が実際にカリフォルニアを去る可能性がある」「この法案は実務上、現実に不可能な義務を課す」という具体的・現実的なメッセージが、今まさに必要とされています。

私はCPAとして、皆さんの隣でこの戦いを続けます。

ご質問・ご相談はいつでもお気軽にどうぞ。

酒井紀幸
Nori Sakai, CPA
Majordomo Komon, P.C.
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